機能性ディスペプシア(機能性胃腸障害)と鍼灸
2018.10.21 更新
「機能性ディスペプシア」、あまり聞きなれない言葉だと思います。
鍼灸院にはこのように診断された患者さんがまれにお見えになります。
「機能性ディスペプシア」の概要と、鍼灸施術の中身、関連文献などをご紹介したいと思います。
機能性ディスペプシアとは
「症状の原因となる器質的、全身性、代謝性疾患がないのにもかかわらず、慢性的に心窩部痛や胃もたれなどの心窩部を中心とする腹部症状を呈する疾患」
※1他に原因となる病気がなく、また内視鏡検査などで異常がみられず、長期にわたって胃もたれなどの症状がつづくものと言えます。
機能性ディスペプシアの症状
- 胃がもたれる
- 気持ち悪い
- 食べるとすぐにお腹が張る
- 吐き気がする
- げっぷが出る
- 下痢をする
- 食べられない、など多彩な胃症状があらわれます。
その結果、患者さんは「食べるのが怖い」とおっしゃいます。
逆流性食道炎、過敏性腸症候群、慢性便秘などとの合併がみられます。
機能性ディスペプシアの原因
原因はひとつでなく複数の要因が考えられるようです。
胃適応性弛緩障害、胃排出障害、胃酸分泌、心理社会的要因、遺伝、ピロリ菌感染、
アルコール、喫煙、不眠、高脂肪食など
*1症状の背景には何かしらのストレスのエピソード(環境変化など)をお持ちの方がほとんどです。
機能性ディスペプシアの診断と治療
医療面接(問診)や内視鏡検査などで、他の疾患(胃がんや慢性膵炎など)の除外が重要となります。
また、NSAIDS、低用量アスピリン服用者が服用を中止して症状が軽減する場合も
機能性ディスペプシアは除外されます。薬による胃腸障害と判断されるようです。
体重減少・再発性の嘔吐、出血、嚥下困難、高齢、腹部腫瘤、発熱などは注意すべき症状です。
治療は、胃酸分泌抑制薬、消化管運動改善薬、漢方薬、抗うつ、抗不安薬はは有効である場合が多く、ピロリ菌除去も有効とされています。
生活上の注意点
機能性ディスペプシアではQOLが下がります。
睡眠不足に注意し、喫煙、アルコール、高脂肪食を避けるのがすすめられています。
機能性ディスペプシアと鍼灸
鍼灸では胃腸症状には背中、お腹、手足などのツボが伝統的に使われてきました。
機能性ディスペプシアの患者さんでは、背中の第6胸椎から第11胸椎の高さの脊柱起立筋の圧痛が多くみられるといった研究報告があり、背中の鍼治療により胃粘膜の血流増加がみこまれる可能性があると結論づけています。*2
医師から機能性ディスペプシアの診断を受け、当院に来院された患者さんは背中だけでなく、お腹(特にみぞおち)や、頸部、頭部などにも緊張が認められます。背中の緊張だけでなく、お腹の緊張部位を細かく確認をして、温和なお灸や電気温灸器なども使います。
お腹に鍼をするのは最近は少なく、電気ていしんを使って腹部の緊張やむくみの変化をみていくようにしています。頚・肩の緊張も伴うため、対応します。
腹部症状の不快感やストレスなどによる頚の側面の筋肉の緊張をゆるめるようにしています。ご自宅でのお灸を強くお勧めしています。
また治療が進むたびに、少しずつ食べる品目や、量を相談しながら通常の状態に戻していきます。治療をしてすぐによくなる類のものではないですが、改善の変化が感じられると、患者さんは自信がついてきて、不安も軽減されるように思えます。
機能性ディスペプシアの患者さんで鍼灸治療院にお見えになる方の頻度はそう多くありません。しかしながらゆるやかにではありますが、概ね良好な経過をたどられる印象があります。
「完治までどれくらいですか」と聞かれますが、患者さんによって様々です。
「月」単位での変化が平均的かと思われます。
薬が効かないと訴える方もおられますが、医師との相談なく薬を止められるのはお勧めしていません。腹部症状でお困りの方はまずは病院を受診していただき、内視鏡検査など必要な診察をお受けになってください。
機能性ディスペプシアと診断され、お薬などで改善が見込めない場合は、いつでもご相談ください。
機能性ディスペプシアにおける鍼灸の論文紹介(2018.10.21 追記)
① Comparative study on therapeutic effect between acupuncture at special acupoints and non-specific acupoints in foot yangming meridian for functional dyspepsia
( 足の陽明胃経の特異的経穴と非特異的経穴の鍼治療の効果の比較研究)https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pubmed/23072088
目的
機能性消化不良(FD)のために、特別な経穴、足の陽明胃経おける非特異的な経穴および非経穴における鍼治療間の臨床的有効性の差異を比較すること。
方法
FD陽性の患者116人を、3つのグループに分けている。足の陽明胃経(グループA、n = 36)使用経穴:衝陽、豊隆、足三里、梁丘足の陽明胃経(グループB、n39)使用経穴:条口、陰市、伏兎、 犢鼻、経穴から2mm離して非経穴群(グループC, n = 41)C群は上肢や下肢の非経穴群を使用
結果
B群で食事後の腹部充満率の合計がC群よりも優れていた(P <0.05)。
全ての群で治療後1ヶ月および3ヶ月後のFDIおよびSF-36のスコアは治療前よりも良好であり(すべてP <0.05)、
A群の上記指数が最も有意であった(すべてP <0.05 )、
グループBの治療後のFDIおよびSF-36のスコアはCグループのスコアより高かった(いずれもP <0.05)。
結論
経穴での鍼治療、足の陽明胃経の非特異的な経穴および非経穴はすべてFDの治療効果があるが、経穴での鍼治療は短期間および長期間の治療効果がより優れており、経穴特異性の存在を確認する。
胃腸症状に効果があるとされている「足の陽明胃経」のより使用頻度が高いのをA群、胃経上にはあるがあえて少しツボの位置をずらしたB群、そしてまったく胃経ではなく、ツボでもないC群の比較により経穴の持つ「特異性」について調べた報告です。
ここではA群が短期・長期ともに効果が高いと結論づけられている。ツボにまったく関係のないC群もそれなりの効果が出ている点が興味深いです。
参考文献
*1:機能性消化管疾患診療ガイドライン2014 機能性ディスペプシア(FD)
日本消化器病学会
*2:鍼灸医学的アプローチによる機能性消化管障害の解明とその治療
-機能性ディスペプシアについて- 伊藤剛 北里大学 東洋医学総合研究所
鍼灸診療部・漢方診療部・臨床研究部 漢方鍼灸治療センター
*3:上背部温熱刺激が健常人の飲水後の胃収縮運動へ及ぼす影響 橘田 大輝
明治国際医療大学大学院鍼灸臨床医学病態制御鍼灸医学