「しびれのない重度腰痛:L4/L5 前方脱出型ヘルニア症例の臨床判断」


「50代、男性:SLR陰性、しびれなし—施術に抵抗した急性腰痛」

*下記症例は患者さん個人が特定されないよう、内容に変更を加えております

患者情報
性別・年代: 50代、男性

職業: 重機オペレーター
主訴: 激しい腰痛(中度のぎっくり腰から悪化)

受診動機
2年前に転居するまでは当院に継続通院していた。
転居後の近隣の鍼灸院での改善が見られなかったため、当院を再受診。

現病歴(症状と経過)
1か月前、 腰が抜けそうな感覚が続き、近隣の鍼灸院を受診。4日に1度の頻度で計4回施術を受けるも改善せず。
2週間前、5日間の肉体労働に従事。3日前、 中等度のぎっくり腰を発症した。自発的に30分間の腰のストレッチを実施。2日前、 入浴後、患部を冷やした直後、自力で立てないほどの激痛となる。本日、2本の杖で身体を支え、家族の介助のもと受診。 咳・くしゃみでの響く痛みなし、下肢のしびれはなし。喫煙歴なし。飲酒は週3日程。食欲正常・体重増減なし・睡眠良好・発熱なし

所見
座位では杖で身体を支えないと姿勢を維持できない。局所に熱感や発赤は認められなかったが、軽度の圧迫でも強い疼痛を訴えた。
特に胸腰椎移行部(TH10-L2)の脊柱起立筋(最長筋)付近に顕著な圧痛を認めた。

SLR:施術中に施行するも両側とも陰性


臨床診断
下肢症状もなく、咳・くしゃみなどでも痛みが誘発されないため、
筋筋膜性の急性腰痛と判断した。

鍼灸施術の経過

初診

腹臥位にて、電気ていしんにて夾脊穴・華佗夾脊穴を中心に、下部胸椎、
腰椎際、腸骨稜の際を0.03mAで10分。
側臥位で、セイリンJSP寸3-3番にて大腸兪、志室、阿是穴を中心に浅刺・置鍼15分。

施術後の変化: 足の挙上および前屈が可能になる。しかし、歩行は疼痛への恐怖心からか、小刻みで不安定(そろりそろりとした歩行)であった。

帰宅後の経過: 帰宅後から就寝までは無痛。しかし、就寝時から再び痛む。仰臥位で痛みが強いため、膝を抱える体位で就寝。

2回目 (2日目)

施術内容:側臥位のみで下部腰椎椎間関節周囲の筋群に、寸6-4番で
(深刺)、筋筋膜(浅刺)に寸3-3番で置鍼を15分実施するも、
筋緊張の解消に至らず。仰臥位にて腸骨筋に著明な緊張を確認、寸6-4番で置鍼。足の挙上困難から腸腰筋も病巣として検討。

座位での深刺: 筋緊張が解消されないため、座位にて2寸の8番鍼で深刺を実施した。一時的な軽快はみられたものの、一般的な急性腰痛としては非典型的と考えられた。

対応: 翌朝の改善が見られない場合、整形外科の受診を推奨。


整形外科での診断と転帰

翌日、 近隣の整形外科を受診したと、患者よりLINEで連絡があった。
MRI所見:「 L4/L5 椎間板ヘルニア(前方脱出型)」と診断。(画像情報もいただく)
診断に基づき、静脈注射(ブロック注射が届かないL4/L5のヘソ側(前方)への脱出のためと推測される)、ジクロフェナク(7日分)の処方を受ける。

予後: 2〜3週間で改善が見込まれるとの説明。後日、 ブロック注射と痛み止め注射の施行後、症状は大幅に改善したとの報告あり。

【考察】

前方脱出型について:

「前方脱出型」は非常に稀だと言われています。一般的に神経症状を伴わないとされ、本症例でもしびれや放散痛はなかった。後方脱出型に比べ疼痛は鈍いとされるが、本患者は強い疼痛を訴えていた。これは、前縦靭帯への局所的な刺激や炎症による痛みであった可能性が考えられる。


鍼灸施術からの示唆

本症例は、従来の施術法に反応しにくい急性腰痛に対しては、早期に腰椎椎間板ヘルニアなどの器質的疾患を鑑別する必要性を示唆するものであった。
「前方脱出型」は非常に稀とはいえ、初診時に「前方脱出型」を見抜けなかったことは今後の反省事案である。

「神経症状がないのに、強い急性腰痛という腰椎椎間板ヘルニアの非典型的な症状」では「前方脱出型」があり得ることがこの症例での気づきです。

当院の過去の事例において、初回および2回目の鍼施術で変化が見られない急性腰痛症例は、腰椎椎間板ヘルニアが9割を占めるという経験則が、本症例でも裏付けられた。
当院で鍼が適応せず、整形外科への受診を促し「腰椎椎間板ヘルニア」と診断された方のほとんどが手術に至ることが多い。保存療法で様子を見る病態ではない可能性が高い。

その後、当患者は別訴でたびたび遠方からお越しいただいている。
整形外科に紹介して終わりだけでなく、経過を患者さんと共有することが信頼関係の継続や、自身の振り返りにもつながると感じている。

当院は数年前からLINEを使用しているが、画像も添付でき、その後の経過も確認できるツールである。情報共有ツールを活用した患者との継続的な経過観察は、施術者としての自己反省と患者との信頼構築の両面において有益であった。

最近個人情報の開示に敏感な患者さんが増えている傾向を感じる。当院だけでなく、カルテに住所を書くのを躊躇される方もおられ、LINEの方が抵抗感がないという話もよく聞く。社会環境の変化にも気を配る必要があると実感している。

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