鍼灸往診症例②:転落事故後の腰痛

鍼灸往診症例②:転落事故後の腰痛

往診を依頼される患者さんの病態は複雑なことがほとんどです。
患者さんの意欲と協力のもと、当院でもお役にたてたと思われる症例がありましたので、下記にご案内いたします。

*下記症例は患者さん個人が特定されないよう、内容に変更を加えております。

往診症例

患者:80代 男性
主訴:腰痛・背部痛
受診動機
自分でお灸をしてから調子がいいので、お灸で痛みを和らげてほしい。

病歴
10年前に仕事で転落事故にあう。腰、背中の手術をし成功したが、入院中の投薬ミスで動けなくなってしまった。

1年間その病院で治療をするが回復せず、他院や温泉療養など様々な治療を試した。1年前に転倒し、5か月間脇腹を痛めた。
それまでも転倒による骨折が数回ある。信頼する医師からアドバイスで、日中はなんとか座位を保つようにしている。歩行器を使った歩行もかなり難しくなってきている。

投薬ミスや、信頼する医師が地方に行ってしまうなど医療への不満が強くなる。
自分でお灸をしたところ、調子が良いので、数名の鍼灸師に往診を頼むが、弱すぎて効かなかったり、逆に熱すぎて火傷の跡が残ってしまった。
鍼は過去に受けたことがあるが、あまり効かなかったので、お灸を希望される。

夜間痛、足のしびれ、体重減少などはない。発熱なし、便秘気味。
大きな病気は腰、背中の手術のみ。内科疾患はない。食欲、睡眠も正常。なんとか元気になりたいという意欲も十分ある。血圧、便秘の薬を服用中。

身体診察
高齢であること、骨折歴があること、手術などから円背状態。歩行器を使用するとゆっくりと歩ける。長期間、病院以外へは外出していないため足の筋力低下がみられる。

施術方針と目的
手術痕、骨折、筋力低下などがあり、かなりの高齢のため単純な腰痛とは思えない。また長期にわたっていること、医療不信があることなどから、腰だけでなく精神的な部分への配慮が必要と思われた。
痛みをとること、少しでも動けるようになっていただくことなど、小さい変化を積み重ねて希望が持てる生活にしていく方針。

施術とその経過
週2.3回の治療をご希望され、最初はその頻度で治療を行う。

初診~3週目
直接灸による腰を中心とした全身治療を行う。
手術痕、過去に骨折した部位、腰椎椎間関節はお灸を念入りに行う。
治療直後は歩行器でベッドからリビングまでは身体が軽く動くことができる。翌日になるとまた戻ってしまう。

3週目~8週目
お灸だけだと直後効果にとどまっているため、鍼治療を提案。鍼がひびいた方が調子がいいということから、腰を中心に体調を見ながら「ひびき」を加える。
以前鍼灸治療を受けた時はこの「ひびき」が なかったこと、希望してもしていただけなかったとのこと。 この「ひびき」を加えてから、患者さんの体調、意欲、意識が変わった。ご自宅にある歩行訓練の機械で自主トレをはじめられる。

8週目以降
腰の痛みは、自主トレの効果などもあり、かなり軽減。日中テレビをみて座っていても気にならない程度になる。
転倒防止の観点から、足が上がること、バランスが保てるように脛や股関節などにも治療を加える。 
腰痛の軽減ももちろん大切だが、精神的にかなり落ち着かれ、なるべく人の手を借りずにご自身で動かれるようになられたのが大きい。病院以外の親せき宅や、ご近所宅にも訪問できる気力になった。

施術を終えて

この患者さんは、過去の転落事故から、手術、そして投薬ミスなどが重なり医療不信や身体の不自由さに長年苦しまれていました。
それでも治そうとする気力、意欲は初診時から相当なものがありました。
今回の往診症例は、鍼灸治療そのものが効いたというよりは、患者さんの意欲にきっかけを与えたといったほうが正しいと考えています。
これだけの複雑な病態は患者さんの協力なくしては、なかなか改善に導くことは難しいと思います。

ほんの少し動きがよくなったり、痛みが軽減される精神的にはかなり違います。一方で、痛みが増したり、動きが悪くなったりするとその不安は相当なものです。

鍼灸で魔法のように痛みがピタッととまる病態もありますが、複雑な病態、時間が経過したものなどは、地道に患者さんとの協力体制のもと少しずつ変化していくのが一般的です
それでも、この患者さんにとっては少しは鍼灸治療がお役にたてたのではと実感しています。

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