股関節の痛み-仙腸関節障害(鍼灸症例)

股関節の痛み-仙腸関節障害(鍼灸症例)

女性に多い股関節の痛み、原因は股関節以外にあることがあります。
少し専門的な用語もありますが、一例を紹介したいと思います。
この症例は患者さんが特定できないよう、一部変更を加えております。

鍼灸症例

患者 
50歳、女性、右股関節、鼡径部の痛みを訴えて来院半年前に体重が増え、それから始めたウォーキングを長時間行ったのが原因だと思う。
以前、勤務していた接骨院で治療したが変化がない。
これだけ長引くのもはじめてで原因が知りたい。
そのため、婦人科を含む、内科的な問題がないかどうかも心配。仕事ができるかが不安。

主訴  股関節、鼡径部が痛い

現病歴 
半年前に仕事をやめ、体重が増えたことから30 分程度のウォーキングを始めた。
2 か月前に右の股関節に痛みを感じたが、たいしたことはないと思い、
歩く時間を1 時間半に増やした。
同時にあぐらをかくような股関節を広げる動きができなくなってきたので、習っていたヨガの動作で股関節を広げるようにしていた。その動作の後は痛みが増した。

1 か月半前に痛みと動きがさらに悪化したため、以前に事務員として勤務していた接骨院を受診。
提携先の近隣の整形外科で股関節のMRI を撮影。股関節に問題はないと伝えられる。
接骨院では鍼、マッサージ、低周波の治療を1 か月間に13 回受け、直後のみ少し痛みが緩和した。

念のために内科を受診するようにすすめられたが、受診していない。その後、整体やウォーターベッドなども試みたが、どれもその日限りの効果にとどまった。
同時に自ら書籍やインターネットで股関節に良いと言われていることをかたっぱしから試みたが改善は見られなかった。
薬は服用していない、動くときは骨盤ベルトをしている。

 現在、右股関節(殿部、鼡径部、大転子周辺)、恥骨、大腿外側、下腿前面、腰部が痛い。痛みはピリピリではない、ズキンだったり、重かったりする。
しびれはない。下肢は重い感じ。トイレなどで立ち上がるときに股関節に痛みはない。
最近就職した衣料品を扱う倉庫で、何かをまたいだり、カニ歩きのように横に移動するとき、中腰でアイロンをかけるのが最もつらい。
階段ではそう痛みを感じない。増悪因子はまたぐ動作で股関節、鼡径部、腰部がズキンとする。
動かさなくても重みは常にある。しゃがむのもつらい。歩くと下前腸骨棘の下部付近が痛む。

周囲から歩き方が変だと言われる。駅から当院まで(約1km)歩いてきても、痛みで休むことはない。
あぐらはかけない。長時間坐ると腰が痛くなる。洗顔では股関節より、腰が痛くなる。緩解因子は患側(右)を下にしない限り、横になっているときが楽である。

随伴症状は慢性的な腰痛。今回の痛みの方が強い。
坐って前かがみや、後ろに反る動作では右仙腸関節付近に痛みがでる。

夜間痛、体重減少はない。骨盤ベルトの着用による症状の悪化はない。ズボン、ベルト、ガードルなどで強くしめつけたことはない。腹痛なし。

一般健康状態 
タバコは吸わない、飲酒は機会飲酒程度、服薬なし。食欲(正)、睡眠(正)、排便・排尿に問題なし。
身長 164 ㎝ 体重 56 ㎏ BMI 20.8
骨折歴なし 先天性股関節脱臼の既往無し。ステロイド使用歴無し。

身体診察
パトリックテスト(+)、ニュートンテストA,B(-)、ワンフィンガーテスト(-)

股関節外転、屈曲時に股関節周囲に痛み。股関節内転時に恥骨、鼡径部周囲に痛み。鼡径部に腫瘤は認められない。股関節屈曲・外転に可動制限がある。
圧痛部位:別紙参照(多数)

初診時の診断とその根拠
仙腸関節障害

  1. 複数の疼痛部位
  2.  腰の動きでPSIS に痛みを感じる。

鑑別診断

  1. 外側大腿皮神経絞扼障害:痛みの性状がピリピリしない。
  2.  股関節疾患:立ち上がりで痛みがない。(医師の診断を受けていること)
  3.  婦人科疾患:腹痛、安静時痛、体重減少などがない。
  4.  鼡径ヘルニア:腹痛がない。腫瘤を触れない。


施術とその指標
仕事ができるようにすること。婦人科、内科的な不安に配慮すること。
仙腸関節障害が主症状と判断したが、腰部、股関節の関与があると判断し、治療経過で見直しをすることにした。

第1 回
腹臥位でL3,4,5 椎間関節、気海兪、大腸兪、関元兪、PSIS、梨状にステンレス鍼50 ㎜-22 号で置鍼15 分。それぞれ直接灸を各3 壮加える。
右上側臥位で環兆、外胞膏、秩辺に50 ㎜-22 号で置鍼10 分 背臥位で足三里、陽稜泉、内転筋、下前腸骨棘下に40 ㎜-20 号 置鍼10 分。
治療後、坐位で前かがみしていただくとPSIS に痛みがでた。また立位で後屈すると腰に痛みがある。
原因は仙腸関節障害の可能性が高いことを論文と図を見せて説明をした。併せて腰部(特にL3),股関節の関与もあることも伝えた。内科疾患、婦人科疾患は腹痛、安静時痛、体重減少など先行症状がないことから可能性が低いことを伝えた。

第2回(5日目)
あらたに1 日に何回も右足の指先がつったり、しゃがむ動作で下腿がつる症状が増えた。職場の床に荷物が多く、またぐことが多かったからだと思う。
仕事を続けるのは難しいと感じ、勤務4 日目で退職。子供の教育費のこともあり、仕事は探し続けている。
右腰部起立筋の盛り上がり、腰部、鼡径部の圧痛多数。大腸兪、関元兪、PSISに60 ㎜-25 号、梨状に60 ㎜-30 号と鍼を変更、他は前回どおり。

第3回(13日目)
ペインスケールは10→7 仕事はせず、あまり動かない状態で1 週間をすごしたが 症状に大きな変化はない。治療は前回どおり。

第4回(21日目)
腰は随分良くなった。坐っていてもPSIS の痛みがない。腰部の圧痛・硬結も軽度。
腰部以外の症状は治療後4 日ほど経過すると気になりはじめる。足を上げたときに股関節周囲が痛い。あぐらがつらい。
60 ㎜は梨状のみに使用。治療部位は前回どおり。治療後は右足が重く上げにくい症状が残るが、L3 椎間関節に50 ㎜で単刺すると症状は消失した。L3 神経根の関与を疑う。
仙腸関節障害の症状が軽減し、股関節症状がメインとなる。

第5回(28日目)
前屈で坐骨結節、鼡径部に痛みが残る。大腿後側~下腿後側に痛み。右足があげづらい。患側上の側臥位でも鼡径部が痛くなる。ブロック注射は考えていない。大学病院での精査も検討する。気海兪は60 ㎜-30 号に変更した。

第6回(35日目)
腰、股関節はかなり楽になった。この1 週間は忙しかった割に痛みは軽減している。仕事も自宅の近くに決まり安心したとのこと。
前回あった坐骨結節付近の症状は消失。足を上げたときに鼡径部の痛みだけが残る。腰痛はほぼなくなった。股関節症状がメインと考え、髀関と大腿三角から閉鎖神経を狙い、50 ㎜-22 号で置鍼10 分を加える。

第8 回(56 日目)
治療から10 日は楽に過ごせるようになっている。仕事も休まず行うことができているので、調子が悪くなりそうなときに、不定期に受診している。

まとめ

L3 神経根、仙腸関節、股関節は密接な関係があることを臨床上確認することができた。

股関節疾患と判断された症例でも、股関節以外の部位に多彩な症状がでていることを考えると、この3 点は同時に治療をするのが良いと考えられる。
またMRIで股関節に問題はないと判断されているが、股関節疾患の病歴や、身体所見、治療による経過などを見てみると,画像所見を判断の参考にはしつつも、鍼灸師のできる範囲での病歴聴取と身体診察は欠かせないと感じる。

参考文献

  • 医道の日本2008 年 5 月号 「股関節疾患と鍼灸」
  • 「鍼通電療法テクニック」  山口真二郎 著 医道の日本社
  • 「運動療法のための機能解剖学的触診技術 下肢・体幹」 林転雄 メジカルビュー社

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