肩こりの原因「胸郭出口症候群」

「胸郭出口症候群」について

 当院の患者さんでも比較的多い「胸郭出口症候群」あまり聞きなれないかもしれませんが、「肩こり」の原因のひとつとされ、当院では鍼灸が適応しやすい疾患と考えています。

「胸郭出口症候群」とは

「肩こり」の原因のひとつとされています

首から出ている神経の束(腕神経叢)が肩を経由し、腕から手に走っています。その神経の束が3つのトンネルで圧迫・牽引されて、「だるさ」「しびれ」「痛み」などの神経・血管障害を生じるのが「胸郭出口症候群」です。

-どのような人に多いのか-
・なで肩、猫背などの姿勢で、腕をあげて作業をしている、事務作業をしている中年女性に特に多くみられます。
・女性と男性では、3:1で女性が多くなります。


-どのような症状なのか-
・腕のだるさ、痛み、しびれ、肩甲骨周囲の痛み、   肩こりなどがあります。
・腕の内側にしびれがでやすい。
(*鎖骨下筋と第一肋骨の間で腕神経叢の下神経幹に含まれる尺骨神経領域を絞扼する為。)
・しびれが長期にわたると、小指の筋肉に萎縮がみられる。
・首、腕、肩、背中の症状以外に、頭痛、立ちくらみ、不眠、胃腸障害、全身倦怠感などの不定愁訴、自律神経障害を伴うことがあります。

「胸郭出口症候群」の仕組み

「首から出ている「腕神経叢」の圧迫・牽引が原因となります」


1)「腕神経叢」とは「腕神経叢」は頸椎5番から胸椎1番の際から出ている神経の束で、腕の「動き」「感覚」をつかさどっている神経の束のことです。この「腕神経叢」が「絞扼部位」(神経をしめつけやすい「トンネル」)を通過します。「トンネル」は3つありますが、「トンネル」の状態になんらかの異常があると症状がでます。

2)「3つのトンネル」で神経がしめつけられます
①斜角筋隙首の側面にある「前斜角筋」、「中斜角筋」、「第1肋骨」で構成されたトンネル。「斜角筋三角」ともいいます。
頸部の疲労が蓄積し、この2つの筋肉の緊張が進むと、トンネルの中が狭くなり、「腕神経叢」を圧迫します。つまり、筋肉の緊張が神経の圧迫につながります。腕神経叢」とともに、「鎖骨下動脈」という血管も圧迫されます。鎖骨下静脈」は圧迫されません。

この部位で圧迫された状態を「斜角筋症候群」といいます。

「斜角筋症候群」の場合では、肩甲骨周囲(肩甲上神経、肩甲背神経、長胸神経)に分布する神経も圧迫されるため、「上肢」だけでなく、「肩甲骨周囲」にも鈍痛などの症状がでます。

②肋鎖間隙
肋骨と鎖骨で構成された「骨」のトンネルなで肩の場合、鎖骨が下がり、トンネルが狭くなります。「腕神経叢」と「鎖骨下動脈」、「鎖骨下静脈」も通過し、圧迫されます。この部位で圧迫された状態を「肋鎖症候群」といいます。

③小胸筋下間隙
「烏口突起」という肩甲骨の骨の一部が鎖骨の下、胸の前まででてきています。そこからでている「小胸筋」と「烏口鎖骨靭帯」(「鎖骨」と「烏口突起」をつなぐ靭帯 )がトンネルを形成しています。
小胸筋の過緊張や、腕を外側にあげる「肩の外転運動」をしたときに、「腕神経叢」と「鎖骨下動・静脈」が上に引っ張られ、向きを変えると圧迫が強くなります。これを「過外転症候群」といいます。日常生活では「つり革を握る」「洗濯物を干す」など、腕を上げた姿勢で誘発されます。 


3)「ダブルクラッシュシンドローム」:神経の重複障害
ひとつの神経が2箇所で障害されることを「ダブルクラッシュシンドローム」といいます。「胸郭出口症候群」と「手根管症候群」、「肘部管症候群」など両方が同時に起きる場合があり、「胸郭出口症候群」の30-44%を占めるといわれています。

4)タイプは「圧迫型」と「牽引型」の2つ
以上、「胸郭出口症候群」は3つのトンネルで圧迫・牽引される可能性があります。圧迫される「胸郭出口症候群・圧迫型」、腕が下方に引っ張られた状態で症状が誘発する「胸郭出口症候群・牽引型」があります。これは買い物袋を手にもって下げているようなとき、ひどいときは腕の重みだけでつらくなるときがあります。

「病歴」による確かめ方

牽引型・圧迫型に当てはまる日常生活での病歴があります

1:牽引型
「腕を下げたり、引っ張られたりするとつらい」
 寝るときバンザイする、胸に手を置く、肘を机や肘掛けに置く、腕を組むと楽。重い荷物を持ったり、犬の散歩などで悪化。臥位で軽快、立位・坐位で悪化する。

2:圧迫型
「腕を長時間挙げているとつらい」
つり革につかまると腕がだるい、洗濯物を干すのがつらい。歯磨き・ドライヤー・シャンプー、髪の毛をセットするのがつらい。細かい手の作業が多い。バイク、自転車に乗る、長時間パソコンに向っている。ガラス窓を拭く、黒板を使うなどで増悪する。リュックサックで悪化。事務職、経理職、運転手、美容師、教師の方に多い。

-診断-
①日常生活の中で症状の増悪がどんなときにおこるのか。上肢挙上位、重いものを持ち上がる、中間姿勢など
②診察時の各テスト法や特定の姿勢、肢位での痛みが日常生活で感じている痛みと同じものであるかのチェック(再現性のチェック)
③圧迫型、牽引型、混在を考える。
④ダブルクラッシュシンドロームも考える
⑤他の類似症状がでる疾患の除外・鑑別を行う(頸椎症など)  

鍼灸施術の中身

 当院での鍼灸施術の中心は「腕神経叢」に対する圧迫要素を取り除くのが第一です。 「斜角筋」「胸鎖乳突筋」「肩甲挙筋」「小胸筋」など、頸椎、肩甲骨、鎖骨、胸椎、上腕骨、肋骨に付着する「筋肉」を鍼治療で緩め、肩甲骨を正常な位置に戻していきます。
「斜角筋」で圧迫されているケースがほとんどですが、「斜角筋」だけゆるめても、あまり効果はありませんし、長持ちしません。

後頚部と側頚部の硬結を丁寧に触診し、鍼でゆるめます。胸鎖乳突筋と斜角筋への、長めの置鍼をします。肩甲間部痛には肩甲背神経の圧迫を考え、第5頚神経と中斜角筋を狙っています。

首への負担が長期にわたる方は、首全体がむくんでいるので、後頚部を中心に「電気ていしん」を使用すると、より早く首全体の緊張がとれる感触があります。

運動については、症状が8割程度消失してからおすすめしています。あまり筋緊張が強い状態で、運動をするとより緊張を強めて悪化した経験があるかたです。
ストレッチは、治療初期からすすめています。

 症状が末端の指先まであると回復期間を要します。首から上腕までより、首から上腕、前腕、手指まで症状が出ている方が重度と判断します。

「痛み」や「重だるさ」などが「しびれ」よりも先に回復していく傾向があります。
あとは、治療と並行して「腕神経叢」を圧迫・牽引する頻度を日常生活でいかに減らせるかがポイントとなります。  

姿勢との関係

いかり肩:「圧迫型」が多いとされます。斜角筋の過緊張がみられます
→斜角筋を緩める必要があります。
なで肩:「牽引型」が多いとされます。背部の筋の筋力低下から、肩甲骨を正しい位置に保持できず、
肋鎖間隙や、小胸筋下間隙が狭くなります   
→背部の筋力強化、前胸筋群のストレッチなどで、肩甲骨を正常な位置に戻す必要があります。

生活指導

「日常生活にある症状を悪化させる習慣をさけるのが基本です 」
・枕の確認
・圧迫や牽引が加わらない肢位を取っていただく。
・重量物の挙上や荷物を下げる動作を軽減する。
・就寝時首にタオルを巻く
・胸郭を開くストレッチ
・長時間の上肢挙上位は避ける。

肩こりの原因の一つである「胸郭出口症候群」は日常生活の中に、症状を誘発する要素が多くあるのがお分かりになられたかと思います。当院では鍼灸施術で効果が得られやすい病気だと考えています。
より具体的に知りたい方は、下記症例をご参考になさってください。

「胸郭出口症候群」の鍼灸治療症例

後頸部、肩背部、腕の重だるさ-胸郭出口症候群
腕のしびれ(胸郭出口症候群):電気ていしんを使った症例
腕・指のしびれ-胸郭出口症候群-手根管症候群
左上肢の痛み-胸郭出口症候群牽引型

身体診察(専門的な内容です)

*ルース・テスト感度78%・特異度99.5%
*エデンテストは頚部の神経根も緊張させる。
*スパーリングテストも頚椎神経根症では特異度90%だが、TOS患者でも7割が陽性
*圧痛部位が「圧迫型」か「牽引型」の区別をする指標となる

・「腕神経叢圧迫症状」:ルース・テストの肢位、鎖骨上窩の圧痛、放散痛。肋鎖間隙の圧迫による症状誘発が認められる
・「腕神経叢牽引症状」:斜角筋三角上方部に放散痛を伴う、圧痛が認められる。

*腕神経叢の障害部位によって症状が変わる


1)腕神経叢神経幹部(斜角筋部)での障害

1        上位神経幹:頸から肩にかけての痛み。斜角筋三角上方部でチネル徴候陽性。四辺形間隙部に圧痛がある。

2        下位神経幹:前腕と環指・小指の痛みとしびれがあり、斜角筋三角下方部でチネル徴候 陽性。
   重症例では骨間筋の萎縮があるが稀である。


2)腕神経叢神経幹側部(肋鎖間隙から小胸筋部)での障害

鎖骨上窩または烏口突起下でチネル徴候が陽性である。
1        内束の障害:上腕、前腕と環指、小指の痛みとしびれがある。
2  外束の障害:鎖骨下から胸部の痛み、母指、示指、中指掌側の痛みとしびれがある。
3        後束の障害:上腕、上腕骨外側上顆の疼痛と圧痛があり、母指、示指、中指背側の痛みとしびれがある。

3)腕神経叢終末枝での障害
肩甲上神経と腋窩神経の刺激症状が多い。肩外転・外旋時の易疲労感、
四辺形間隙の圧痛がある


上記にあげた病歴と身体診察で圧迫型、牽引型の区別ができ、症状によって障害部位を推定可能。それによって治療点も変わります。


-その他-
・上肢の冷感は、血管圧迫説と自律神経説とあり文献によって異なります。
・症状部位は文献によって多彩、頭部から頚部、上肢、体幹など

 -参考文献-
・「運動器疾患のなぜ?がわかる臨床解剖学」 医学書院 2012
・「関節外科 胸郭出口症候群の診断と治療 vol26 No8 2007」 メジカルビュー
・ 「関節外科 vol 17 No5」 1998
・「脊椎脊髄ジャーナル 胸郭出口症候群と脊椎脊髄疾患との鑑別診断 vol16」 2003
・「モダンフィジシャン vol 20 No 4」 2000
・「Orthopaedics  1994 6」
・「新・図説臨床整形外科口座 頚椎・胸椎・胸郭 メジカルビュー 1995 10」
・「医道の日本 2009 5月号」(胸郭出口症候群と鍼灸治療)

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