ドライバーの腰下肢痛に対する鍼灸症例:痛みを感じるところが原因でないことも

ドライバーの腰下肢痛

当院は患者さんの職業の中でもドライバーの方(運送業・タクシーなど)が比較的多くお見えになります。今回は慢性的な腰の痛みに、普段感じない大腿上内側部の痛みを感じた鍼灸症例をご案内します。
いわゆる坐骨神経痛以外にも、痛むところと原因部位が異なる症状は珍しくありません。

*下記症例は患者さん個人が特定されないよう変更を加えております

患者:70代 男性 宅配業
主訴:①右大腿上内側部痛 ②腰痛(右>左)

受診動機
今まで身体のあちこちが痛くても、自力で治してきた。
今回はなかなか良くならず、仕事に支障があるため。

説明モデル
長時間の運転が原因だと思う。最近家族の慢性腰痛が鍼灸で良くなり、家族の薦めもあり症状の軽減を期待している。

現病歴
数週間前から右大腿上内側部に痛みを感じる。膝から下には痛みはない。
腰痛は昔からある。痛みは移動せず常に同じ。しびれはない。
これまで身体のいろんなところを痛めたが、ある時から病院に行くのをやめて、自力で治してきた。
仕事で毎日運転し、日によって時間・距離は異なるが12時間くらい運転することも多く、運転中に痛くなる。痛みはあるが歩くことはできる、休まないと歩けないということはない。夜間痛、安静時痛はない。
大きな病気になったことはない。健康診断で特に異常はなく、服薬もない。

身体診察
・Patrick test (-)
・SLR test (-)
・股関節の動きによる疼痛(-)
・腰部前屈による大腿内側部痛(+)
・右第3.4椎間関節圧痛(+) 下肢への放散痛(-)
・臀部(梨状筋)の筋緊張(+++)
・腸骨筋の筋緊張(右>左)
*全体的にがっちりした体格で筋緊張が全体的に強い。

初診時の診断とその根拠
椎間関節性腰痛による大腿上内側部の関連痛
腰の前屈動作で大腿上内側部痛が再現され、椎間関節に圧痛があり、
他の疾患が下記の通り除外できるため。

鑑別疾患

  • 腰椎椎間板ヘルニア:膝から下に痛み、しびれなく。SLR test(-)のため除外
  • 股関節疾患:歩行による増悪なし。Patrick test (-)のため除外
  • 腰部脊柱管狭窄症:間欠跛行なし。下腿に症状なく除外
  • 閉鎖神経痛:大腿内側部の疼痛ではあるが、閉鎖神経の支配領域と少し異なるため除外。(高齢女性に多い点も可能性を下げる)
  • 大腿神経痛:大腿神経の支配領域に近いため、可能性を否定できず施術対象とする。

施術とその経過
第1回
右上側臥位にて、右腰部椎間関節、梨状筋を中心とした臀部の筋緊張に対して10分間置鍼する。使用鍼はセイリン社製ステンレス鍼にて、腰部椎間関節に50㎜-23号、
臀部に60㎜-30号を。想定よりも筋緊張が取れないため、初診ではあるが鍼通電を5分程行う。仰臥位にて、右腸骨筋、右内転筋部に60㎜-30号を10分置鍼。

第2回(7日目)
大きな変化はない。刺激量が不足しているのか、診たてが間違っているのかを確認するため、再度初診時の身体診察、硬結、圧痛所見を再確認。
その上で診たては大きく間違ってないと判断し、初診時の刺激量の不足と考えた。
特に腰臀部の筋緊張が強いままなので、使用する鍼の種類を変え(臀部、腸骨筋に90㎜-30号)鍼通電を最初から20分行う。施術後は臀部の筋緊張は少し残るものの、全体的に初診より緊張・硬結は軽減した。

ディスポーサブル鍼
鍼には様々な長さ・太さがあります

第3回(14日目)
大腿内側部の痛みが10→5に半減。前回施術後に不快なだるさ、眠気はない。
12時間運転しても痛みがそれほどでなかった。
施術内容は前回通り。
次回、痛みが10段階の「2」程度であれば施術終了の旨を伝える。

第4回(21日目)
痛みが5→1に。
経過が順調であり、患者さんも納得されたため施術終了となる。

施術を終えて
医療面接・身体診察から体力がある患者さんと判断しました。一方で鍼灸の施術を受けるのは初めてであり、初回の刺激量を抑えめにしました。
そのせいか初回の施術効果は乏しかった可能性があります。
しかしながら、今回のように、原因部位と痛む部位が異なる場合、初回よりも2回目、3回目の方が施術効果が顕著であることが経験的には見られます。

臀部が分厚く、筋緊張も強い状態のため、2回目以降は長鍼(90㎜-30号)を使用しました。時折使用する長鍼は緩みにくい部位を刺鍼方向の工夫で広範囲にアプローチできます。

この症例は「椎間関節性腰痛」と判断していますが、臨床的には他疾患(大腿神経の障害)も想定し、左右差が著明な筋緊張・硬結部位には鍼を行っています。(椎間関節だけに鍼をする場合もあれば、そうでない場合もあります)

「椎間関節性腰痛」は腰部の関節が原因で下肢に痛みを生じます。「関連痛」と言います。
「椎間板ヘルニア」などによる坐骨神経痛とは異なります。

今回の症状は全4回、患者さんが週に1度の施術頻度を確保していただいたこと、普段から身体を動かしておられる事、診たてがほぼ間違っていなかったこと。以上から比較的順調な経過をたどったと思われます。

受診動機・説明モデルからも、患者さんは多少の痛みは病院に行かず、我慢してこられた背景があります。今回、ご家族の薦めとはいえ、初めて鍼灸院に来院されるくらいなので痛みはそれなりに強かったことが推察されます。(痛みの強さの表現は言葉・表情ともに控えめな方もおられます)

一般的にドライバーの方は腰に負担がかかることが多いです。
特に仕事での運転は途中休憩が少なくなりがちで、長時間の座位は腰痛リスクも上がります。こまめな休憩と運転姿勢の改善により腰部の負担を減らすことが大事です。

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