高齢者の腰椎椎間板ヘルニア 鍼灸症例

高齢者の腰椎椎間板ヘルニアは腰下肢症状以外にも目を向ける必要があります

 
腰椎椎間板ヘルニアは若年男性に多く発症する腰の病気です。
今回は高齢者の腰椎椎間板ヘルニアの症例を紹介いたします。
高齢者は腰下肢症状だけでなく、症状による活動量の低下、不安などにも目を向ける必要があると考えます。

*下記症例は患者さん個人が特定されないに変更をよう加えております

高齢者の腰椎椎間板ヘルニア-鍼灸症例

患者
70代、女性

主訴
左腰、殿部、大腿後側、下腿外側、外くるぶしの痛み、しびれ

受診動機
変形性膝関節症の注射を先月強いものに変えたところ膝の痛みが強くなった。その1週間後に左腰下肢症状が出たので、怖くなった。その後、注射はしていない。

病歴
1年前から変形性膝関節症に対して週1回の注射を整形外科で受けている。状態が良くならないので、1か月前に膝の注射を変更したところ、膝の痛みが増した。3週間前から左腰、臀部、大腿後側、下腿外側、外くるぶしに痛みとしびれが出た。足の指には症状はない。膝の注射のせいで、今回の腰下肢症状がでたと思っている。怖くなったのでその後、注射はしていない。痛み止めの薬、湿布などは使っている。現在、膝は注射直後よりは痛くないが、動作時の痛みは変わらず続いている。腰下肢の症状は三週間前と変わらず。つらい。このまま歩けず、寝たきりになってしまうことが怖い。

横になっていると症状は少し和らぐ、動きはじめや歩行中はつらい。前かがみになったり、座ったりしても楽にはらない。後ろに反ると少し痛む。お小水、お通じに問題はない。夜間痛なし、発熱なし、体重減少、腹痛なし。大きな病気の既往なし。
腰下肢症状がでてからは、友人との趣味の会合も休み、ほとんど外出していない。独居で、食料品も宅配を利用している。家事はなんとか自分でできている。食欲あり、睡眠は正常。テレビ番組で内臓が原因で起こる腰痛もあると聞き、それも心配。

身体診察
腰椎椎間関節3.4.5では圧痛はあるが、下肢への放散痛はない。臀部、梨状では下肢への放散痛がある。SLR,Crossed SLR ともに陰性

除外鑑別
腰部脊柱管狭窄症:間欠跛行がないこと。前かがみ、座位でも楽にならないこと 
椎間関節性腰痛:膝から下に下肢症状がある
悪性腫瘍など:1か月前から痛み、しびれの程度が悪化していないこと。(進行性ではないこと)、体重減少がないこと。夜間に痛みがないこと 
心因性:食欲、睡眠が正常。腰下肢症状が神経根に沿ったものであることなど矛盾がないため。

腰椎椎間板ヘルニア



診断
腰椎椎間板ヘルニアによる坐骨神経痛(L5) 

・高齢者のヘルニアでは後屈で痛みが再現すること。 
・神経根に沿った下肢症状があること。 
・高齢者の腰椎椎間板ヘルニアではSLR,Crossed SLRなどが陰性になることがり、若年者とは違いがあること。 
・前屈ではなく、後屈で症状が誘発されることもあるのが高齢者のヘルニアの特徴のひとつであること。

施術とその経過

まず、膝の注射と腰下肢症状との関連や、寝たきりなどの不安が強いため以下のことを説明いたしました。

①膝の注射による痛みと今回の腰下肢症状は、タイミングとしては前後関係で考えてしまいそうですが、因果関係は可能性としては低いこと。なぜなら膝への注射で腰や臀部に症状がでることは考えにくいから。

②椎間板ヘルニアは、自然と吸収され時間の経過とともによくなっていくこと、悪化しないこと。鍼灸治療では約1か月ほどの治療期間となること。

③あまり安静にしすぎていると、腰だけでなく、身体や心にもよくないこと。運動が及ぼす様々な効能を説明。

④内臓からの痛みについては、病歴(夜間の痛み、体重減少がないことなど)から可能性は低いことを伝えるが、心配であればかかりつけの内科医に確認してくださいと伝える。

⑤変形性膝関節症の症状と今回の症状は原因が違うので、それぞれの症状の経過が違うことを伝えた。



初診
左上側臥位にて、寸6-4番鍼にて第4.5椎間関節、大腸兪、関元兪、上胞肓、梨上、足三里、陽陵泉に1センチ刺入、置鍼15分。お灸は以前に他院で合わなかったため、鍼のみで治療を行う。

2回目(5日目)
治療後は痛みも減り、よく眠れた。痛み、しびれなどは10→8内科で内臓性の腰痛ではないかをご自身で確認をとられて、画像所見からもヘルニアだと診断される。

3回目(10日目)
痛みがましになったため、近隣を少し歩き始める

4回目(15日目)
布団を干したり、掃除機をかけてもそんなに気にならなくなってきた腰下肢症状に変化がみられたので、もう歩けなくなるのではないかという不安は減り、膝のほうに関心が向き始める。経過が順調なので、治療内容に変化はなし。


5回目(22日目)
痛み、しびれなどは10→3-4となる。友人との趣味の会合を再開。変形性膝関節症の治療も並行。膝のセルフケアをしていただく。(熱を持っているときは冷やす、動きはじめは軽く関節をゆらしてから、動き始めるなど)

6回目(29日目)
腰下肢の痛み、しびれは10→1となる。変形性膝関節症の治療に移行する。日々の散歩を再開、暑さを避けるため早朝に。膝のアイシングを覚えていただいてから、熱を持たなくなり、痛みも軽減してきた。

高齢者の腰椎椎間板ヘルニアの症例を終えて

腰下肢症状は、1か月で落ち着きました。
変形性膝関節症については、変形が強いながらも、アイシングや散歩中心の運動、膝のお皿のモビライゼーションなどを覚えていただき、コントロールできつつあります。独居の高齢者は、今回のようなことがきっかけに、ひきこもってしまうことがあります。筋力低下だけではなく、社会とのつながりも急激に減ってしまうことで心の問題も危惧されます。症状に対する不安や、孤独感により心身に悪影響を与えることがあります。


「腰下肢症状の痛みが減ってきた」という実感が不安を減らしてくれました。
また「安静にしすぎるのはむしろ身体に有害」という、患者さんにとっては聞きなれないことを理解していただくのには少し時間が必要でした。私の言葉だけでなく、「腰痛の専門書や」「一般向けの解説書」などを実際にみていただくことで、この方についてはご納得いただき、ご自身の病気と日常生活のケアについての理解を深めていただくことができました。

その結果、アイシングなどを上手に使いながら、散歩を再開され、友人との会合も再開できました。なんとか日常生活への道筋はつけることができたかと思っています。

 参考文献
・「高齢者の腰痛 診断-問診・診察のポイント」 Monthly Book Orthopaedics 22-1-8 2009
・「高齢者腰椎椎間板ヘルニアの臨床所見と病態」 日本腰痛会誌 11:137-142 2005
・「腰痛」 菊池臣一 医学書院・「ひざ痛を治す 正しく動かす 元気に歩く」 NHK出版

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