閉鎖神経痛-太ももの内側が痛い:鍼灸症例
「太ももの内側が痛い」理由
太ももの内側に痛みを伴う「閉鎖神経痛」の症例を紹介いたします。
太ももの内側に痛みを起こす病気は複数あります。
*下記症例は患者さん個人が特定されないよう、内容に変更を加えております。
鍼灸施術症例
患者
50歳代、女性
左大腿内側の痛みを訴えて来院された。旅行中に痛みがでてきた。歩きすぎが原因だと思っている。痛くなってから自分なりに様々な対策をしているが、効果がなく仕事や日常生活に支障がでている。
主訴:「左大腿内側の痛み」
現病歴
半年くらい前、旅行中に左大腿内側が痛くなった。痛みはしめつけるような痛み、こわばりがある。一度痛むと、痛みの持続時間は数十分。しびれはない。腰痛はない。
座った後に悪くなるので、なるべく座らないようにしている。仕事は接客業で立ちっぱなし。トイレや、椅子からの立ち上がり時に痛みを感じる。休日はリラックスして痛みをあまり意識しない。
横になって休んでいるのが一番楽。夜間痛、自発痛はない。整形外科では股関節の変形が少し認められた。母も股関節の手術をしている。
医師からは将来的に手術をすすめられている。ロキソニンを週に2.3回服用。
マッサージ、鍼灸は4.5回通ったが良くならなかった。
健康状態
飲酒、喫煙歴なし。食欲(正)、睡眠(正)、発熱なし
既往歴
左変形性股関節症
身体診察
圧痛:左股関節周囲に圧痛多数。上前腸骨棘直下、鼡径部に圧痛。大腿内側、腰部には圧痛なし。炎症所見:認められない。
可動域制限:左軽度股関節屈曲、内転制限が認められる
アライメント:骨盤後傾位、腰椎後弯、胸椎前弯
鑑別疾患
・仙腸関節障害:腰痛が認められない。 下肢症状部位が移動しない。
・椎間関節性腰痛:腰痛が認められない。
・伏在神経絞扼障害::大腿内側下部、膝内側部の痛み、圧痛がない。痛みの性状がピリピリ、チクチクではない。夜間痛、自発痛はない。
診断
・変形性股関節症:立位時の痛み・股関節の既往などから。
股関節疾患は一般的には股関節周囲や鼡径部、大腿外側の痛みがメインであり、今回の主訴である大腿内側部の痛みと合わない点もある。
鍼灸施術とその経過
第1回
右上側臥位にて、第3.4.5椎間関節、PSIS、大腸兪、関元兪、左股関節周囲の硬結部位に48㎜-22号(寸6-4番)、置鍼15分。仰臥位にて鼡径部、内転筋部に置鍼10分。
座位から立位への動作、足踏みで股関節外側、内転筋に「つっぱり感」が残存。座位にて、左股関節外側に60㎜-30(2寸-8番)号で単刺。
股関節の「つっぱり感」は消失。内転筋上部のつっぱり感が残存。
第3腰椎椎間、PSISに48㎜-22号(寸6-4番)で単刺。内転筋上部の「つっぱり感」消失。
腰の「こり感」を新たに訴えたが、初診であるため、加療せず終了。
第2回(14日目)
座位から立位への痛みはなくなった。30分座っていても、歩ける。職場での痛みはなくなった。代わりに、腰、臀部、大腿後側に「コリ感」がでてきた。施術部位は前回通り。
経過が良く、鍼の刺激によるだるさなどがなかったため、置鍼から鍼通電(間歇波)に変更した。腰部、臀部、腸骨筋、内転筋部に通電。施術後、大腿内側の「つっぱり感」が少し残る。
症状は改善しているが、大腿内側部に施術をしても痛みが少し残るため、絞扼部位が大腿以外にある「閉鎖神経痛」の可能性を考慮する。
第3回(23日目)
前回の施術からは全体の痛みは10→6. 調子は良かった。電車を長めに乗ってもあまり痛くない。大腿内側部の痛みが残りやすい点から「閉鎖神経痛」の可能性について説明。施術は内閉鎖筋による閉鎖神経の絞扼(緊張が強い筋肉が神経をしめつける)を対象にし、大腿内側部は触らず。他は前回同様。
第4回(30日目)
大腿内側部の痛みが大幅に減る。痛みを意識しない日が増えた。1週間のほとんどは痛みを感じない。今回の症状は股関節の関与もあるが、閉鎖神経の絞扼による割合がより強いと説明した。
以後、大腿内側の痛みは出ていない。
考察
閉鎖神経は腰から臀部、大腿内側を通っている神経です。主に大腰筋、内・外閉鎖筋で絞扼されて痛みを生じます。閉鎖神経は途中で枝分かれし、股関節と大腿内側、膝内側に出ています。
また股関節の動きにより、これらの神経が圧迫され症状が増悪します。股関節を屈曲・内転の動きで内閉鎖筋に、屈曲・内旋の動きで外閉鎖筋に負荷がかかります。
施術の後半で、大腿内側部に刺鍼しないで改善しているのは、絞扼部位が大腿内側部以外であると考えられる。一般的に「閉鎖神経痛」によく使われる陰廉、五里、陰包などの大腿内側部にあるツボについては絞扼部位が末端の場合に有効ではないかと考えました。
施術の前半において一定の効果が出ていたのは、股関節周囲のに鍼を行っていたからだと思われます。
3回目で閉鎖神経、内・外閉鎖筋への施術を加えた結果、改善がみられています。閉鎖神経痛はそれほど頻度の高いものではないとおもいますが、股関節の動きなどで誘発される所見を見逃さないこと、閉鎖神経痛の絞扼部位の把握などが重要な疾患であると感じました。
また、今回の患者さんは股関節の変形が見られるため、医師による定期的な経過観察の必要性を説明し、理解していただきました。