睡眠の問題に鍼灸はオーダーメイドで

睡眠の問題と鍼灸


患者さんは「自分のこの症状は鍼灸で改善が期待できるのでは?」と思い来院されます。

実は「不眠」を主訴にされる方はそれほど多くありません。
「眠れなくて、、」と来院されるよりも、「身体全体が疲れて」「肩こりが、、背中が、、」と訴えられます。睡眠の問題が鍼灸で改善するイメージはあまりないのかもしれません。
しかしながら睡眠に問題を抱えている方は非常に多い印象です。

「睡眠」の問題全てが鍼灸ですっきり解決!とまではいきませんが、当院の事例やいくつかのの論文を通じて「睡眠と鍼灸」について紹介していきます。

せんねん灸

不眠の「ツボ」ってあるの?

伝統的に不眠に対して使われてきた「ツボ」はあります。
少し「ツボ」に詳しい患者さんは「百会」「失眠」「神門」など
いわゆる不眠に使う「ツボ」をご存知で、自分でお灸をされたりもしています。
もちろんそれで効果のある方もおられます。

鍼灸学生時代には「これらのツボに鍼灸をすれば眠れるのか、すごいな東洋医学!」と
思っていました。しかしながら現場に出るとそれほど簡単ではありません。

なぜなら「不眠」という状態は様々であり、原因となる背景も異なるからです。

不眠の原因は様々

睡眠状態については、当院では必ず確認しています。
患者さんが眠れない原因に心当たりがないときは、患者さんの症状や生活習慣から原因を想定して病院への受診を促すことはよくあります。

医療的要因(病院への受診を促すケース

「日中の強い眠気、疲労感」
睡眠時無呼吸症候群を疑い、呼吸器内科・睡眠時無呼吸症候群外来への受診を勧めた結果、同症候群と診断されることが意外に多い印象です。
CPAPによる治療で日中の眠気、疲労感は解消され睡眠状態も安定し、楽になる患者さんをよくみてきました。

「疲労感、肩こり、寝た気がしない、食欲低下、趣味などをする気になれない」
2週間以上睡眠の問題が続いている場合は心療内科への受診を促しています。
「うつ」「適応障害」などの診断をされることがあります。
既に心療内科を受診済みの方が来院される場合もありますし、心療内科を受診するという発想がない方もおられます。ここ数年、このようなケースが本当に増えました。
長時間労働などの社会的背景を非常に実感します。
心療内科と鍼灸を併用されることが多いですね。

「就寝時に身体が熱くて眠れない」
更年期症状の一つとしてこのような訴えがあります。婦人科受診・生活習慣の改善などを実践している方が多い一方、ご自身に合う婦人科が見つからないという話も聞きます。
上半身の筋緊張が強い方が多く、当院ではそれらを緩めることで眠りやすくなる方もおられます。

「足がむずむずして目が覚める」
「レストレスレッグズ症候群」を想定して病院への受診も検討していただきます。

「足がつって目が覚める」
ストレッチや病院で「芍薬甘草湯」を処方されて改善される方が多いです。
冷えや下肢の筋緊張で足がつれる場合は鍼灸が比較的適応しやすいと思われます。
夏場は脱水にも注意する必要があります。

生活習慣要因

就寝・起床時間の昼夜逆転(体内リズムの破綻)
飲酒(飲酒数時間後の覚醒)
カフェイン過剰摂取
(飲む時間や量の調整:エナジードリンク等)

環境要因

通勤時間が長い(帰宅・食事・入浴で深部体温が下がらず眠れない)
家族・住環境での物音
昼夜逆転の仕事(部署移動願いで改善したケースも)
子供の夜泣き(小児鍼で対応)

睡眠治療も鍼灸治療もオーダーメイド

睡眠に問題を抱えている患者さんは医療(身体的・心理的)・生活・環境など個別の背景に応じたオーダーメイドな対応が必要となります。

「不眠によく効くツボ」に鍼灸をするだけではなく、患者さんの病態・背景を知ったうえでの対応が必要です。参考文献①にもありますが、患者さんが訴える不眠以外の症状改善が、不眠改善につながります。また鍼灸だけでなく、病院への受診を促すこと、生活習慣の改善、環境の調整など様々な方法が大切です。

その前提として患者さんのことをよく知る必要があるのです。

患者さんの訴えどおり「肩こり」には肩に、「背中のこり」には背中に鍼灸を
していても改善されるのはごく一部です。睡眠に限ったことではありません。

不眠に対する当院での施術

「不眠」を特に意識せず施術をしても、患者さんの主訴に対応するだけでも「よく眠れたよ」と言われます。様々な原因に対応しつつも、筋緊張の緩和、手足の冷えの解消など良質な睡眠につながるよう脊柱に沿った温灸、手足末端への鍼・灸、頭部への電気鍼・棒灸を使用します。

体内時計の乱れには温灸、特に箱灸か棒灸をします。
昼夜逆転のお仕事の方には適応度が高いように思えます。

鍼灸の施術で交感神経の過緊張の改善、血流改善による散熱により深部体温が下がることが睡眠の改善につながっていると考えています。

箱灸

まとめ

・睡眠の問題は様々な背景があります、オーダーメイドな対応が不可欠です。
・鍼灸で貢献できる部分がある一方、病院受診、生活・環境調整など多角的な取り組みが必要です。
・安定した睡眠は体調の基盤です、とにかくしっかり睡眠をとってください。

参考書籍

・「睡眠の科学・改訂新版 なぜ眠るのか なぜ目覚めるのか」
 (櫻井武 著 講談社ブルーバックス
睡眠は脳のメンテナンスであり、睡眠を奪うと精神の変調がみられ、視床下部の恒常性維持機能の失調が見られるとあり、しっかり眠らなければと改めて思いました。患者さんに「睡眠でしか回復しないものがあるんですよ」と伝えると、意外にも驚かれます。

・「極論で語る睡眠医学」 (河合 真 著 丸善出版 刊
「不眠は複数の問題が同時に存在する」「不眠とは究極のオーダメイド医療を必要とする」、この内容から睡眠については適切な科につなぎつつ、その上で鍼灸でできることを行うことだと考えます。

参考文献

不眠症状を有する4症例に対する鍼灸治療の効果:N-of-1試験を用いた検証
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsam/71/4/71_207/_pdf
*不眠に対する基本的な治療をしながら、患者の主訴である冷え性、肩こり、腰痛、頻尿などに個別に対応した治療を実施。画一的な治療ではなくオーダーメイド治療が重要との結論

うつ病患者の不眠症に対する電気鍼治療の効果: ランダム化臨床試験
https://pubmed.ncbi.nlm.nih.gov/35797047/
*うつ病患者の不眠に対して、電気鍼治療が8週目で改善が認められ、32週でも効果が継続されていた。「百会-神庭」「内関」「神門」「三陰交」「安眠」を使用

鍼灸院に来院する高齢者の不眠と鍼灸治療の影響について
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsam/69/2/69_113/_pdf

不眠症に対する円皮鍼治療の効果
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjsam/65/2/65_91/_pdf
*限定的ではあるが、「神門」「三陰交」への円皮鍼が中途覚醒を訴える患者の睡眠の改善を示唆している

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